先日、あるリーダーの方からこんな質問をいただきました。
部下を育てるために褒めることを意識しています。一方で、必要な時には叱ることも大切だと思っています。“褒めると叱る”の割合をどのくらい意識されていますか?
とても真面目で、部下思いの質問だと思いました。
実は私も以前は、
「もっと褒めた方がいいのか」
「いや、時には厳しく叱るべきか」
そんなことを考えていました。
しかし最近、少し違う見方をするようになりました。
もしかすると、褒めることも叱ることも、上司の自己満足になっていることがあるのではないか。
そんな違和感を持つようになったのです。
皆さんはいかがでしょうか。
今日は、そんな「褒めると叱る」について、情熱課長と吉田部長の対話から考えてみましょう。
登場人物
情熱課長: 部下の成長を願う熱血課長
吉田部長: 人材育成のベテラン、冷静沈着な部長
「褒める」と「叱る」の黄金比は?

吉田部長、最近は部下を褒めることを意識しています。
昔は叱ることが多かったので、今は意識して褒める回数を増やしています。
でも、褒めすぎても甘くなる気がするし、叱らなければ成長しない気もするんです。
結局、“褒めると叱る”の割合はどれくらいがいいんでしょうか。
そうか。
情熱課長は、部下を育てたいからこそ悩んでいるんだな。
でもね。もしかすると、その質問自体に少しズレがあるかもしれないよ。
えっ?
割合を考えることがズレなんですか?
そうなんだ。
なぜなら、割合を考えている時の意識は、「どうすれば部下を変えられるか」になっているからね。
上司は無意識に「評価する側」になっている

褒めることも叱ることも、どちらも悪いことじゃない。
ただね。そこには一つ共通点があるんだ。
それは、「上司が評価する側」になっていることだよ。
評価する側?
例えば、「よくやった」も「何でできないんだ」も、どちらも上司が判断している言葉なんだ。
もちろん必要な場面もある。
でも、そればかりになると、部下は「認められるために頑張る」「怒られないように動く」ようになってしまうんだよ。
確かに…。
部下自身が考えるというより、私の評価を気にしているかもしれません。
本当に伝えたいことは何だろう

私が最近大切だと思うのは、褒めることでも、叱ることでもない。
その前に、「私はどう感じたか」を伝えることなんだ。
例えば、「いいね」だけではなく、「私はその行動がいいと思ったよ。なぜなら仲間を大切にしていたからね。」
あるいは、「残念だ」だけではなく、「私は残念だな。なぜなら君らしくないと思ったから。」
なるほど。
評価するというより、自分の感じたことを伝えるんですね。
部下が求めているのは評価より関心

もう一つ大切なことがある。
上司にとって当たり前の一歩でも、部下にとっては大きな挑戦のことがある。
だから、「いいね」よりも、「見ていたよ」の方が嬉しいこともあるんだ。
「見ていたよ」ですか?
そう。
・少し早く出社した
・報告が前より具体的になった
・苦手な人に自分から声をかけた
そんな小さな変化に気づいてもらえると、部下は「自分を見てくれている」と感じて安心できるんだ。
安心できれば、視野が広くなり主体的になれる。
だから、挑戦もできるんだ。
今回の問い
あなたは今、部下を「評価」していますか?
それとも、部下を「理解」しようとしていますか?

褒めることも大切です。
叱ることも必要な場面があります。
しかし、褒めるか叱るかの前に、部下をどう見ているか、部下を理解しようとしているか、そこに意識を向けてみてください。
人は評価されて変わるのではなく、理解され、関心を向けられたときに、自ら変わり始めます。
次回も、お楽しみに。
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